◇◇後々もめない遺言書の“7つの法則”◇◇死後、自分の決めた通りに財産を譲り渡したい――。そんな思いを実現するために必要になるのが遺言書だ。 親族同士が遺産相続を巡って骨肉の争いを繰り広げるケースは、今も昔も後を絶たないが、 遺言書のおかげで争いが回避されることもあれば、反対に遺言書がもとで争いが起こることもある。 そこで、司法書士の村山澄江さんに「後々もめない遺言書の作り方」を解説してもらった。 ◇◇「遺産はすべて家政婦へ」遺言で実現◇◇東京地裁で今年1月、ドラマのような判決がありました。それは、数年前に亡くなった資産家女性Aさんの家政婦が、 Aさんの実の娘2人と遺産相続を巡って争った訴訟の判決です。 Aさんは生前、「一切の財産を家政婦に渡す」という内容の遺言書を残していましたが、娘2人が「遺言は無効だ」 として家政婦に遺産を渡さなかったため、家政婦が遺産の返還を求める訴えを起こしていました。そして東京地裁は、 家政婦の訴えを認め、娘側にAさんの全遺産約3000万円を返還するよう命じたのです。 娘たちは、年老いた母親の面倒を見ることもなく、長年、Aさんにお金を無心し続けていたそうです。 そこでAさんは、実の娘には財産を渡さず、約50年間にもわたって献身的に世話をしてくれた家政婦に 全遺産を渡すという内容の遺言書を作成し、裁判でもその遺言書の内容が有効とされたのです。 Aさんのように、法定相続人(配偶者や子供など法律上当然に相続する権利がある人)以外に財産を残したい場合は、 遺言書を作成しないと実現できません。Aさんは、遺言書を残したことによって、大切な人に財産を渡すことができたのです。 とはいえ、Aさんもせっかく遺言書を残したのに裁判沙汰になってしまったのは、本意ではなかったはずです。 それでは、自分の思いをより良くかなえる遺言書の書き方はないものでしょうか。◇◇遺言書と遺書の違い◇◇生前に、残された人のために残しておく文書としては「遺言書」と「遺書」があります。 遺言書とは、民法で作成方法などが定められた法律文書です。遺言書で実現できる行為は民法に定められており (財産の分け方や子供の認知など)、遺言書として書かれた内容には法的な効力があります。 一方、遺書は法律による制約のない文書です。書き方に決まりもなければ、法的な効力もありません (遺言書としての形式が整っている場合を除く)。次に、遺言書を書いておいた方がいいのは、どんな人でしょうか。<1>子供がいない人 <2>再婚している人(前の配偶者との間に子供がいる場合) <3>法定相続人以外の人に財産を残したい人(孫、第三者など) <4>婚姻届を出していない夫婦 <5>資産のほとんどが不動産の人 <6>特定の人に財産を多くあげたい人――などが挙げられます。 ◇◇公正証書」と「自筆証書」の2種類◇◇遺言書には、代表的な2種類があります。公証役場で作成する「公正証書遺言」と、自分で作成する 「自筆証書遺言」で、それぞれにメリット、デメリットがあります。◇◇公正証書遺言のメリットは◇◇ <1>裁判所での手続き(検認)が不要 <2>無効になる恐れが少ない <3>紛失、偽造の恐れが少ない <4>障害などで文字が書けない人でも作成できる(遺言者が口述したことを公証人が筆記) <5>安全に保管できる(公証役場で保管)――などが挙げられます。 ◇◇一方、デメリットとして◇◇ <1>費用がかかる(財産が100万円以下なら5000円、5000万円超〜1億円以下なら4万3000円など) <2>証人(立会人)が2人必要――などがあります。 これに対し、自筆証書遺言は <1>誰にも知られずに作成できる <2>費用がほとんどかからない ◇◇――といったメリットがありますが、◇◇ <1>裁判所での手続き(検認)が必要 <2>紛失、偽造の恐れがある <3>書き方に不備があると無効になる <4>書いた時期の判断能力について、後日争いになる可能性が高い <5>障害などで文字が書けない人は作成できない――などのデメリットがあります。 公正証書遺言、自筆証書遺言とも、何度でも書き換えが可能で、遺言書が複数あった場合は、 日付の最も新しい内容が優先されます(変更のない部分は元のものが有効)。 ◇◇判断能力があるうちに作成◇◇遺言書を作成するうえで、気を付けたいポイントがいくつかあります。第一は、判断能力がしっかりしているうちに書いておくことです。もしも、認知症の症状が出始めてから遺言書を 作成したりすると、本人の死後、作成時の判断能力の有無が争いになることも珍しくありません。実際、 公正証書遺言であったにもかかわらず 、遺言者が認知症だったとして、東京高裁が遺言を無効とする 判決を下した例(2010年7月)などもあります。 遺言書を作成する際、もしも自身の健康状態に不安がある場合には、医師の診察を受け、判断能力に問題がない ことが明記された診断書を発行してもらうといいでしょう。 第二に、遺言書を作ったことを最低でも誰か一人には伝えておくこと。公正証書遺言にせよ自筆証書遺言にせよ、 せっかく作っても、そもそもその存在を誰にも知られなければ、実行されない可能性があります。内容はともかく、 存在を知っておいてもらうことが大切です。 ある男性は、自筆証書遺言を作ったことを誰にも知らせず、遺言書を貸金庫に保管していました。 男性が亡くなり、相続人全員で遺産分割の協議をしました が、その後、預金通帳の記録などから、 男性が貸金庫を利用していたことが分かったのです。相続人たちが貸金庫を開けると、中から遺言書が出てきました。 そこには、相続人たちがすでに協議で決めた相続財産の分け方とは異なる内容が書かれてあったのです 。 結局、男性の遺産は、相続人たちが協議して決めた通りに分割されました。 遺産相続の際、遺言がある場合は原則として遺言が優先されますが、相続人全員の同意があれば、 相続人が遺産分割を協議して決定することが可能になる場合があるのです。もしも、遺言書がもっと早く見つかっていたら、 男性は自分の思いを遂げられたかもしれません。 第三に、遺言執行者を決めておくこと。遺言執行者とは、遺言の内容を実行してくれる人のことです。 あらかじめ遺言書で遺言執行者を指定しておくことで、 手続きをスムーズに進められることが多いのです。 遺言執行者を決められていなかった場合は、相続人などが相続発生後に家庭裁判所へ申し立てをして決める ことになります。遺言執行者は、未成年者や破産者でなければ誰でもなることができます。 第四に、「遺留分」について知っておくこと。遺留分とは、配偶者や子供など一定の相続人に法律上最低限保証される 相続分のこと。兄弟姉妹には遺留分の権利はありません。冒頭のAさんのように、遺留分を無視した遺言内容は、 争いのもとになりやすいと言えます。遺言書の内容は自由に決められるので、自分の気持ちを優先する人も多いですが、 法定相続人は、裁判所を通じて遺留分の返還を請求することもできるので、やはり争いになりやすいのです。 争いを防ぐための選択肢の一つとして、遺留分を考慮した内容の遺言書にするという方法があります。 ◇◇付言事項で「家族への手紙」を◇◇第五に、相続税がかかりそうな場合は、それについても考慮すること。相続税がかかる可能性がある場合は、 二次相続(両親とも亡くなって子供たちだけで相続すること)も考慮して、事前に税理士に相談して遺言書の内容を 決めるほうがよいでしょう。相続関係が複雑な場合や、財産が多岐にわたるような場合は、 弁護士などの専門家に相談するのも選択肢の一つです。第六は、「付言事項」を活用して「家族への最後の手紙」を書くことです。遺言書でできることは法律で定められています。 財産の分け方に関すること、相続人の排除、子供の認知に関することなどです。法律で定められたこと以外の文言には 法的拘束力がありません。しかし、家族への手紙の意味で「付言事項」を入れておくことをおすすめします。 私が遺言書作成に関わった、ある女性の例を紹介しましょう。その女性は、生前は自分の気持ちをあまり表に 出さない性格だったそうです。しかし、彼女の遺言書には、「付言事項」として家族一人一人への感謝の気持ちが 丁寧につづってありました。それを読んだ相続人全員が納得し、誰も不平を主張することなく、 遺言書の通りに財産を分け合ったのです。 ◇◇大切な「家族のコミュニケーション」◇◇遺言書を書いておいた方がいいとは思っていても、いざ書こうとなると、なかなか踏ん切りがつかない人もいるかも 知れません。そんな人は、まずは気軽に取りかかれる自筆証書遺言を書いてみて、気持ちが整ったら公正証書遺言、 と段階を踏むのもいいでしょう。遺言書はいつでも書き直しが可能なのですから。最後にもう一つ、遺言書を作る際に大事なことがあります。それは、「家族のコミュニケーション」です。 遺言書を巡るトラブルは、生前の家族とのコミュニケーション不足が招いていることも少なくないのです。 お正月やお盆などに家族が集まった時、懐かしい写真などを見ながら、将来(相続)のことを話し合う時間を 作ってみてはいかがでしょうか。 ◇◇プロフィル◇◇ ◇◇村山澄江 (むらやま・すみえ)◇◇ 1979年生まれ、愛知県出身。2003年司法書士試験合格。相続・成年後見の専門家。合格後、 都内某事務所にて相続手続き部門を担当。1年間で200〜300通の戸籍と向き合う日々を過ごす。 10年に独立。現在、相続対策や相続手続き全般、成年後見に注力している。共著に 『今日から成年後見人になりました』(自由国民社)。事務所名・くつぬぎ司法書士事務所(東京都渋谷区)。 |